《以下の文章は、建築前の2008年に書いたものですが、ほぼこの通りに実現しています》
価値ある社会資本を築く
■消費財から資産へ
現在の日本の一般的な住宅は平均30年足らずで取り壊されています。マンションでも50~60年と言われています。資産として見ても、いわゆる「減価償却資産」という、どちらかというと消費財的な感覚です。現実に、30代で家を建てると、定年を迎える頃にやっとローンの返済が終わるということになります。耐用年数が30年とか50年であれば、その価値は10年たたずに半減します。ですから働き続け、稼いで稼いで、何とか子どもに家を残すのですが、その子どもも大人になれば同じことを繰り返さなくてはならないのです。
法律や条例が変わったり、設備や情報環境などが変化して、建て替えを余儀なくさせることもあります。壊しては建て直す、「スクラップ・アンド・ビルド」は、GDPの拡大、つまり経済成長のためにも求められてきました。しかし、いまだにそこから抜けられないでいる発想そのものが、環境を破壊し、無駄な消費を助長し、私たちから豊かさの実感を奪っているのではないのでしょうか。
数百年使われるのが当たり前のヨーロッパでは、若い夫婦が1000万円のマンションで生活を始め、子どもが大きくなったらそのマンションを1000万円、使いようによってはそれ以上にして売り、少し足して広いところへ移ることができます。パレスチナで、一千年以上前からの建物に代々住んでいる、旧市街の家族を訪ねたことがあります。占領下で収入もほとんどないのですが、それでも住宅という資産に守られているのを目の当たりにしました。一見古めかしく、進化のない退屈な生活に見えますが、消費のために稼ぎ続けなくてはならない日本の生活のほうが、儚く感じられます。
いま、個々の電化製品の省エネが進む一方で、家庭の中でも様々な設備機器が増え、全体としてはエネルギー消費が不可欠な暮らしになっています。オール電化などはその最たるもので、私たちを徹底的に消費に縛り付けます。競争社会では、遠からずそれも旧式となり、買い替えのプレッシャーを受けることになるでしょう。
天然住宅は、300年という長寿命をめざしています。しかもエネルギーのランニングコストが小さく抑えられる住宅です。当然、何世代にもわたって、快適に住むことができます。それを維持するためには、モノが長持ちするだけではなく、生活の文化を築くことも必要になってきます。
■お寺がめざすエコヴィレッジ
私が育ち、現在住職をしている東京・文京区小石川の見樹院では、境内地内に都市型エコ・ヴィレッジとして共同住宅『スクワーバ見樹院』を計画しています。本堂や客殿、庫裏などの寺院施設と、14戸の住宅と事務所または店舗の入る1区画が、天然住宅のコンセプトを備えた一体の建築となります。
見樹院は延宝3年(1675年)、豊後国(大分)府内城主大給松平家の菩提寺として開創された浄土宗寺院です。その建て替えにあたり、これからの時代の寺としてふさわしい形を模索した末、天然住宅とのコラボレーションで、共同住宅を併設した伽藍を建築することになりました。
天然住宅のコンセプトが、寺院と共同体を造るうえで、あらゆる部分でマッチしている点については他章であらためて触れるとして、ここでは「資産」という観点に絞りたいと思います。
この事業は、境内地と隣接する見樹院所有の宅地を一体として、本堂も入る寺院棟と共同住宅棟が建ちます。基本的にRC造ですが、コンクリートは、水分を少なくして長寿命・堅牢化し、外断熱・逆梁構造、他の建材・設備も含め、化学物質は極力(99%以上)排除し、木材は無垢材のみをふんだんに使用します。天然住宅のコンセプトを完全に満たし、300年をめざす健康で長寿命な建物です。
共同住宅は、100年の定期借地権付の分譲です。定期借地権としたのは、分譲価格を抑えるとともに、土地を投機の対象とせず、純粋に生活のための資産にしようと考えたからです。土地の所有者が個人や企業ではなく、寺院(宗教法人)であることもミソです。通常の定期借地権だと、期間が満了した場合、建物を解体して更地で返すのが一般的ですが、『スクワーバ見樹院』の場合、100年後はそのまま土地所有者へ引渡しとなります。更地にする必要がないのは、300年の耐用年数を前提にしているから成り立つ仕組みです。
また、天然住宅仕様ではエコ性能が高く、水道光熱費なども最小限になり、ランニングコストも小さくなります。さすがに都会で自給自足とまではいきませんが、雨水利用や自然エネルギー、屋上菜園も備えたエコビレッジです。
この建設事業は、寺院部分も含め、住宅部分を区分所有する入居者の参加によるコーポラティブ方式で行われます。見樹院の檀家をはじめ、寺を「場」として利用する多くの人々も参画して、新たなコミュニティを創造する事業でもあります。それぞれの人々の思いが形になり、力を合わせて運営し、維持していくとき、そこには信頼と文化が育ちます。
資産というのは、そのもの自体の今の利用価値だけではありません。それが産み出すもの、それがあることによって消費(コスト)を減らすことのできるものも資産です。価格や換金性ではなく、安心や希望を含めた豊かさをもたらす資産を積み上げていくのが、私たちの目標です。将来のコストを抑えることで利益をもたらし 、文化を創造していくコミュニティの基礎となるとしたら、それは「社会資本」と も呼べるものになると思います。
■「共」の力をつける
『スクワーバ見樹院』は、寺院部分を含め、社会に開かれた「場」をめざしてい ます。存在や暮らし自体に社会性を意識しているだけでなく、NGO/NPOはじ め、市民による社会活動の拠点になりたいと考えています。そのモデルが、もうひ とつ私が住職を努める、東京・江戸川区の『寿光院』です。『寿光院』では地域を 中心に、多くのNGO/NPOと連携の場を作っています。
例えば、NPO法人「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ」(略称 :足温ネット)が、寺の屋根に太陽光発電パネルを設置し、「市民立江戸川第一発 電所」を開設しました。市民が協力して運営し、もうすぐ設置時に受けた融資の返 済も終わります。今後は発電した電気料金などが市民の資産として蓄積され、新た な事業の原資となっていきます。
また、寺院の所有地に地域NPO「ほっとコミュニティえどがわ」が、市民の資 金で高齢者住宅『ほっと館』を建設して運営しています。「江戸川子どもおんぶず 」も、別の寺院施設を利用して、子ども支援の活動を行っています。市民が人々の ニーズに対応するだけでなく、未来へのビジョンを持って運営することで、ノウハウと共に資産が蓄積されるのです。
さらに、足温ネットが『ほっと館』の屋上に、太陽光の「市民立第二発電所」を 設置しました。ジャンルの違う団体が連携・交流しています。寿光院が開設した市 民共同事務所『小松川市民ファーム』には、コミュニティ・バンクの先駆けの「未来バンク」も入っていますが、もともと寺院は、「無尽」や「頼母子講」などの拠 点であり、コミュニティの核でした。寺院はかつてから「お上」による『公』とは 別の、人々が支える『共』の存在だったのです。
いま、世界的経済危機はもとより、国や自治体の財政も破綻に突き進んでしまっ ています。このとき、『公(行政)』でも『私(企業)』でもない、『共』の側に 有形無形の社会資本を蓄積することが、私たちの未来を確かなものにする道である と確信しています。「天然住宅」は、その暮らしと未来を支える大きな力となるはずです。