建築家 廣川 明 氏
建築にとっては、人間による他の製造物と同じく基本性能が重要である。その基本性能とは、耐久性能、断熱性能、遮音性能、機能性、補修のし易さ等である。意匠と呼ばれる業務は、相変わらず基本性能を軽視したところでのみ実施されている。意匠は基本性能が満たされたところのみに成立し、それによって建物は建築になる。基本性能が満たされているだけでは、単なる建物にすぎず、建築とはならない。寿光院は建築をめざして設計された。建築としては、不十分なところもある。しかし、建物だけでは終わっていない。
寿光院の地盤は残念ながら、軟弱である。そこに比較的廉価に耐久性の高い建物を建てるために、基本的な構法を慎重に選択した。その結果、鉄筋コンクリート造を基本としながら、鉄骨造も加えることにより、耐久性を保ちつつ建物の自重を軽くし、かつ建物の底面を広くして地盤改良を施した上に載せるという案となった。地上3階の建物にたいして、深度50m近い現場造成杭を選択することは避けた。 ご住職のご要望もあって、できるだけ環境に配慮して材料を選定した。いわゆる新建材を避け、長く使われてきた基本的な材料を多く使用した。鉄、木、ガラス、煉瓦、タイル、瓦、コンクリート、モルタルという限定された材料でできあがっている。合板類はほとんど使われていない。ただしコンクリートの型枠には合板を使わざるをえなかった。機械換気をなるべく避け、冷暖房容量を小さくし、外部環境と大きく異なった室内環境をつくることははじめから目標としていない。冷房は電気、暖房はガスとした。電気負荷も小さくしてある。照明は暗めである。屋根には太陽光発電パネルを設置し、余った電気を電力会社に売っている。 仏教寺院の基本平面計画については、東アジアに限ってみると、どうやら原則というものはなさそうである。あるのは、配置計画であり、いわゆる伽藍配置である。キリスト教教会建築にみられる円形プラン、あるいはバシリカ形式という造形の基本的な歴史を辿るのは残念ながら難しい。様式史としてみてもそこにダイナミックな変遷を見いだすことはできない。そうだからといって、単なる現代建築として「気軽なモダン」を押しつけるのは、思慮が足りないばかりでなく、はじめから宗教にたいする尊敬の念が欠けている。世俗建築ではないというあたりまえの要素こそが、寿光院の設計の主題である。 設計および設計監理にあたっては、細部のデザインに十分に配慮した。設計が実際の形になる瞬間にあたっては、「理不尽な」課題にも丁寧に取り組む施工技術者と、実際の手作業にかかわる職人の腕とが不可欠である。職業としてそこに参画する皆さんには誰でも常に敬意を払わざるを得ない。 そして、この寿光院の現場では、設計し実際に施工するという業務が、特に気がつかないうちに気持ちよく進んでいった。これは、ものにとらわれない茫洋としたご住職の性格と無量なる心によるものか、あるいはまた奥様の明朗活発な「現場管理」によるものか。いずれにせよ、多くの人の力がうまく相乗し得たことに間違いない。 |
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廣川 明 略歴: 1953年 東京生まれ 1972年 武蔵高等学校卒業 1976年 早稲田大学理工学部建築学科卒業 1978年 同大学大学院修士課程修了 1978~80年 ドイツ連邦共和国アーヘン工科大学留学 (ドイツ学術交換会奨学金) 1983年 一級建築士事務所 建築術工房 開設 事務所ビル、共同住宅、工場、住宅等の設計を多数手がける。 |