初めてガザを訪れたのは1991年、日本ではPKO論議が盛んに行われていた頃でした。80年代から内戦に苦しむカンボジアで活動し、人々が思い込んでいることがいかに間違っていて、そのことが当地の人々を苦しめる要因の一つであることを実感していました。中東も一神教同士の対立が原因と決めつけられ、平和のためと言いながら、現地そっちのけの議論に疑問を感じ、その核心であるパレスチナをめざしました。
はたして、アラブゲリラによるテロが報道されますが、軍事占領で人権を奪われ、暴力にさらされているパレスチナ人の日常は伝わりません。占領軍兵士が闊歩し、頻繁な地域封鎖や外出禁止令、連行、収監、家屋や農地の破壊、玄関を出ると向かいの家の屋根の上から銃口を向けられています。対立ではなく弾圧です。
一方、働き手も仕事も奪われ、貧困と劣悪な環境で障がい者も多く目につくガザで、ホームレスや独居老人に出会うことはありません。困った人がいたら当たり前のように助け合い、もしそんな人が近くに放置されていたら、それは自分の罪だという、生きている本来の宗教を目の当たりにしました。
住む場所に関して、破壊されてしまう一方で、エルサレムやヨルダン川西岸地区でも、数百年、あるいは1000年以上昔からある建物に、普通に人が住んでいるのです。日本では住まいにかかるコストが生活を圧迫しています。消費財でも、投資でもなく、世代を超え、あるいは地域の社会資産としてあることの大切さと安心を感じました。この発想は、集合住宅と一体になった長寿命天然住宅による現在の見樹院伽藍に繋がりました。
現代社会には様々な問題や将来への不安があります。それらはとくにいま、多分にヘイト(憎悪)やフェイク(嘘)によって煽られ、分断や格差によってもたらされます。それに対し、困難な状況にあっても、一人一人の尊厳を認めて助け合うガザの人々の生き方やコミュニティに希望を与えられてきました。
苦しみに寄り添い、分かち合い、自分事として一緒に考え、未来を切り開いていく。そういう、つながりと信頼を軸に生きる人たちは、憎悪や嘘に絡めとられることなく、お金や権力に頼ることなく、社会の未来に責任をもって命をつないでいます。少子化と人間関係の希薄化で、墓じまいが増え、寺離れが進む中で、寺院のもつ歴史と文化を次代に伝え、「慈悲」の実践として、安心と生き甲斐のある社会をめざし「リタ市民アセット財団」を設立しました。
檀家の皆さまとご先祖から頂いた、寺院の持つ有形無形の資源を、真の浄財として生かし、市民による「利他」の文化を将来につなげるため、ご理解、ご協力をお願い申し上げます。