寿光院も支援している「江戸川子どもおんぶず」では、江戸川区が策定中の「子どもの権利条例(素案)」にに対し、以下の通りコメントを提出いたしました。
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2020年12月3日
江戸川区
子ども家庭部子育て支援課計画係 御中
江戸川子どもおんぶず
代表 大河内秀人
〒132-0033東京都江戸川区東小松川3-35-13-204
小松川市民ファーム内
◆□◆ 江戸川区「「子どもの権利条例」(素案)」への意見 ◆□◆
平素より江戸川区ご関係各位にはたいへんお世話になっております。
私たち江戸川子どもおんぶずは、国連子どもの権利条約の理念が、子どもに身近な家庭・学校・地域の中で生きる社会をめざす有志により2001年に結成し、以来、子どもの声を聴き、子どもの社会参加を進めるための活動をさまざまな形で行なってまいりました。今年度は、江戸川区が主催して実施された、中高生年齢の若者を対象にした「未来を担う若者で考える 子どもの権利ワークショップ」への協力依頼をいただき、子どもたちへの広報や当日のプログラムにて子どもがより自由に自分の思いや意見を発言できるように準備を進めました。2日間に渡って行なわれたプログラムにて出された子どもたちの率直な声は報告書にまとめ、子どもの声がさまざまな方面で活かされるよう、今後も普及を行なう予定です。
さて、今回発表されました江戸川区「子どもの権利条例(素案)」(以下、権利条例素案)は、今年度(2020年度)に施行された「未来を支える江戸川こどもプラン」に明記され、広く江戸川区の子どもの権利を規定するとともに、保護者や区民、子どもに関する施設(育ち学ぶ施設)、そして江戸川区が連携・協力して子どもの権利を保障しようとするものです。私たちはこの権利条例素案を、昨年来、ともに権利条例制定の動きに注目してきた子どもたちと読み進めました。理念条例ながらも、現在と未来の子どもたちの権利を的確に保障しようとする江戸川区の姿勢が読み取れる内容と構成に、一同、たいへん心を打たれました。とくに、本権利条例が国連子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)を基盤とするところは、全国各地の既存の子どもの権利条例と比較しても類をみないほどのもので、国内外に自信をもって周知できると高く評価いたします。
そのうえで私たち江戸川子どもおんぶずからは、この権利条例が今後、より長きに渡って子どもの権利を保障し、その精神が広く普及されることを願い、いくつかの意見を述べさせていただきます。子どもは単なる支援や保護の対象ではなく、一人ひとりがさまざまな個性や能力を持った主体であり、ともにこのまちを構成する地域社会の一員です。この子ども観を共有してこそ、江戸川区らしさを深めた権利条例の誕生につながると信じています。
どうかご高覧いただき、子どもの権利条例素案に反映いただきますよう何卒よろしくお願い申し上げます。
<全体について>
■意見1 子どもは<主体的>な存在
【根拠】子どもの権利条約6条
本権利条例素案の全体的なこととしては、まず、子どもが受け身の書き方が多くみられ、おとなから守られる「弱い存在」であるという印象を受けます。確かに子どもの生存や発達は守られるべきではありますが、権利条例素案第三条1項に規定されるとおり、子どもは「生まれたときから権利を持つ」主体的な存在です。そして、「生まれたときから」地域社会の一員であり、ともにこの江戸川区をつくる、かけがえのないパートナーです。このことを権利条例全般に渡って繰り返しはっきりと打ち出していかなければ、子どもの権利そのものへの誤解を招きかねません。
子どもがそれぞれに持つ個性や能力をそれぞれの形で地域の中で生かしていくためにも、子どもは主体的な存在であることを明確にする書き方に修正いただきたく思います。
▼修正の方向
1.子どもは、客体ではなく「主体」であることを前文および第一条に明記する。
2.「支援される」など使役動詞もしくは他動詞などの使用は避け、子どもは常に受け身の存在であるといった誤解を広めないように配慮する。とくに「考えてもらえる」という表現については、子どもの意見表明の権利および意見聴取の機会提供の権利が、生まれながらの権利ではなく、おとなから与えられる権利だと誤った捉え方をされかねないので、注意が必要と考える。
3.子どもは、「一人の人間としての責任感」をもって「地域社会をつくる一員となる」と判断されるものではない。この判断をするのはいったい誰なのか、大いに疑問である。子どもは、生まれた時点で、地域社会の一員であると修正いただきたい。
■意見2 言葉の統一と簡潔な表記
【根拠】子どもの権利条約4条、42条
本権利条例は、今後、長きに渡って江戸川区の基本的な方針となり、子どもの権利保障と子どもたちが自分らしく生きることを応援するものとなります。より普遍的かつ強固にそれを示していくためには、条文内で用いられる言葉の表記方法を統一させ、文章を冗漫にさせないことが重要かと思います。しかし、現在の権利条例素案では、同一の意味を持たせる言葉であっても、条文ごとに表記が異なっており、直近で同じ言葉が繰り返されるなども見受けられます。また、対象が不明確な用語も使用されており、規定があいまいな箇所もあります。
これらの表記はいずれも、子どもにとってわかりにくさを生じさせるものです。また、広く同一の意味で周知徹底させるときの障壁にもなりかねません。そして、多言語または手話への翻訳を想定してみても、その対応は困難を極めるように感じます。できうる限りの言葉の統一と簡潔な表記に修正いただきたく思います。
▼修正の方向
1.同一の意味を持たせる文章では異なる言葉を用いない。同一の意味で使用する言葉に修飾語を付けたり付けなかったりするなどはしない(とくに「大切に」)。言葉を併記して表現する場合は、その順番を統一させる。直近で繰り返し同じ言葉を用いない(とくに「すべて」と「大切に」)。
2.必要以上の修飾語は使用せず、言い切ることができる動詞はそのようにし、全般に渡ってできるだけ簡潔な文章にする。
3.主語が欠落している箇所はなるべく入れる。対象が不明確な用語(とくに「みんな」「まわりの人」「人たち」)は具体的な言葉に置き換える。
4.似たような言葉であっても意味を分けて使用する場合は、その意図が伝わるようにする(とくに「地域」と「まち」の書き分け)。
<各条文について>
■意見3 「子どもの権利」とは「国連子どもの権利条約」に規定される権利
【根拠】子どもの権利条約全般
権利条例素案では基本的な方針や原則が定められることから、「理念条例」と呼ばれる性質を持つものだと理解しています。理念条例には、細かな規定や政策が掲載されないことは承知していますが、子どもが持つ権利とはいったい何なのか、どんな権利をどのように持っているのかについて、具体的に示さなければ、江戸川区が謳う子どもの権利の本質が見えてきません。前文をていねいに読むか、もしくは第三条<大切な権利>まで読み進めていけば、国連子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)に則ることがわかるかもしれませんが、今後、本権利条例を広く普及させるためにもっとも重要になる第一条<目的>に記されていないことの影響は大きくなるのではないかと思えます。
本権利条例が何を基盤としているのか、子どもの権利とは具体的に何を指しているのか、そのことを誤解なく共有できるよう、第一条に国連子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)に則ることを書き加えてください。
▼修正の方向
1.第一条に基本となる考えとして、国連子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)を明記する。
■意見4 viewsは「思いや意見」に統一し、国連子どもの権利条約の精神を反映させる
【根拠】子どもの権利条約第12条
国連子どもの権利条約原文英語で第12条に使用される「views」という言葉は、条約全体のハイライトと言っても過言ではないほどに、重要かつ深い意味が含まれています。権利条例素案にも、この「views」にあたる日本語が何度も登場し、子どもの声をきき、尊重していこうとする、江戸川区の素晴らしい姿勢が読み取れます。
しかし、その「views」にあたる日本語が、残念ながら「思い」「願い」「意見」「考え」など異なる言葉で表記され、都度ごとに規則なく登場し、また併記する際の順もバラバラになっています。このままでは、権利条例で示したい子どもの「views」がいったい何なのか、子どもにもおとなにも理解されにくくなります。とくに主語が不明確のまま「考え」という言葉を使用する場合はさらに注意が必要で、子どもの「考え」なのか、おとながそれを「考え」るのか、一般的またはあるひとつの「考え」を指すのか、混乱を生じさせます。これは、「views」に限ることではなく、「Given due weight」にあたる日本語においても同様のことが言えます。
子どもの声をきくことなしに、子どもの生存および発達の保障も、差別のない取組の実施も、子どもの最善の利益の実現も、なし得ません。子どもの「views」など、国連子どもの権利条約第12条が放つ力強いメッセージが本権利条例にも統一的に盛り込まれることを望みます。
なお、権利条例素案に登場する「自由に」の挿入については、子どもが自分の「views」を表すときと切り離されておらず、国連子どもの権利条約第12条の精神に適うものになっていると感じます。
▼修正の方向
1.子どもの「views」は「思いや意見」とし、すべて統一する。
2.「Given due weight」(考慮または重要視するという意味)は「尊重される」にする。
■意見5 子どもはかけがえのない「固有」の存在
【根拠】子どもの権利条約第6条
子どもは「かけがえのない存在」であることが、権利条例素案で示されています。このような前提に基づいて各条文が規定されていることに賛同します。さらにこの意義を深めるためにも、国連子どもの権利条約第6条をはじめとする人権条約で使用される「固有の」という言葉が加えられることを望みます。この言葉は他の言葉をいくつ重ねたとしても表現しえない範囲を網羅します。
また、第三条2項一については「固有の」を挿入するに加え、この条項が国連子どもの権利条約第6条にあたるものだということを強く示してほしいと考えます。さらには同条同項の「自分らしく」という言葉に続く条文を、身体や心の伸びを示す「成長」に留めず、暮らしや指向、選択を含んだ「生きること」に拡大し、それを「保障する」と規定していただきたく思います。
なお、第三条2項三に書かれている内容の一部に生存および発達に関する記述があり、第三条2項一に規定されるべきと思えます。混乱や誤認を生じさせないためにも、同一の方向性を持つ内容はまとめていくよう修正いただきたく思います。
▼修正の方向
1.子どもの存在はどういうものかを示す箇所に「固有」を入れる。
2.第三条2項一については、「自分らしく生きることが保障されること」に修正する。
3.第三条2項三にある生存および発達に関する要素は第三条2項一に移動させる。
■意見6 差別の禁止は単体で規定する
【根拠】子どもの権利条約第2条
権利条例素案には全般に渡り、あらゆる子どもを差別せず、対象として含んでいくことが明記されています。これにより、本権利条例が求める子どもの権利保障が、具体的に、かつ、正しく推進されていくだろうと期待を膨らませます。とくに、第二条1項一で規定される「子ども」の対象範囲が、在住、在学、在勤といった既存の枠を越えたものになっており、これだけでも本権利条例の子ども観を見て取れるほどです。そして同時に、これは子どもの実態に適うものでもあります。
しかしながら、国連子どもの権利条約第2条を指す規定である第三条2項三には、差別の禁止と生存および発達に関する記載が盛り込まれており、このままでは生存および発達の権利の保障が差別の禁止であるとの解釈を生むように思います。今後進められるさまざまな政策や取組が、取り残された子どもを生まないためにも、はっきりと書き分けられることを望みます。
なお、前文にも「子どもが誰一人として取り残されることなく」という方向性を明記し、いかなる差別もなしに子どもの権利が保障されていくことを望みます。
▼修正の方向
1.第三条2項三は差別の禁止規定のみにする。
2.前文に「子どもが誰一人として取り残されることなく」を挿入する。
■意見7 すべては子どもの最善の利益を求めて
【根拠】子どもの権利条約第3条
権利条例素案の前文は「すべての子どもにとって最もよいことが実現できるまちづくりを進めることを宣言し、この条例を定めます。」との文章で締められます。江戸川区の強い意思を感じ、私たちとしても権利条例がこのまちに誕生することへの期待を大きく膨らませています。
「最もよいこと」というのは、国連子どもの権利条約第3条などに規定された「最善の利益(best interest)」にあたる言葉です。子どもに関わるあらゆることは子どもにとって「最もよいこと」が第一義的に考えられ、取組まれます。この際、いかにして「最もよいこと」を実現するのか…。それは、当事者である子どもの声をきくことです。
「Nothing about us without us」という標語があります。これは国連障害者権利条約の制定過程で生まれたもので、「私たち抜きに私たちのことを決めないで」という意味です。同じことが子どもに対しても言えます。子どもの思いや意見をきかずして、「最もよいこと」の実現はあり得ません。どんな子どもにも自分の思いや意見を表する力があり、私たちおとなは工夫や知識または経験をもって、それを正しくきき取ることができます。
しかしながら、本権利条例素案にはこれを端的に示す条文がありません。これはじつに残念なことです。子どもに関わる決定を行うときには、必ず、子どもにとって「最もよいこと」の実現のために、子どもの思いや意見をきくことを明記してください。
▼修正の方向
1.第四条に、子どもの思いや意見をきくことが、子どもにとって最もよいことの実現につながることを明記する。
■意見8 あらゆる機関と協力して、適切な取組みを行う
【根拠】子どもの権利条約第4条
権利条例素案では、第二条にて「子ども」「保護者」「区民」「育ち学ぶ施設」をあげ、それぞれの言葉の意味を規定しながら、これ以降または前文で登場する対象を示しています。それぞれを読み比べていくと、三と四の違いや範疇については明確なようで違和感が残ります。とくに四「育ち学ぶ施設」の対象が不明確です。民間と公的機関の違いを指すのか、子どもを主たる対象としているかどうかで分けられているのか、いや、子どもの育ちを支援していても、野外の遊び場活動やスポーツチーム、読み聞かせグループなど、施設を持たない機関についてはどちらに該当するのか…。そのような迷いを読み手に与えることは、当該機関の役割の理解と適切な取組の実施につながらず、また、手をつなぐべき機関との協力や連携を潤滑に進めることができません。具体例としてあげる施設名や内容を工夫され、混乱を生じさせない工夫がなされてほしいと思います。
さらに、「遊び」または「余暇」について盛り込まれていないことにも疑問が残ります。子どもにとって遊ぶことは、育つこととも学ぶこととも、活動することとも異なる、独自の意味があります。ぜひ本権利条例に「遊び」が位置づけられ、子どもに欠くことのできない時間と場が保障されていってほしいと願います。
なお、第九条2項については、本権利条例に規定され、しかもこの位置に挿入されている意図を読み取ることができませんでした。ご説明いただきたく存じます。
▼修正の方向
1.「育ち学ぶ施設」の内容の示し方を工夫する。
2.本権利条例に中に、「遊び」を位置づける。
以上