苦を探求すること

 一九六〇年代のはじめ、ベトナム戦争の最中、ベトナムの仏教が生まれ変わった。その新しい仏教を、ベトナムの仏教僧ティック・ナット・ハン師が、エンゲイジド・ブッディズム(socially Engaged Buddhism)と名付けた。
 エンゲイジド・ブッディズムとは、仏教の根本教説である四諦(苦・集・滅・道)を新たに読み替えることからはじまる。従来、「苦」の原因は、個人の煩悩・無明に求められた。だが、ベトナムの仏教徒たちは、ベトナムの民衆が舐めている塗炭の苦しみの原因を追及して、「冷戦」という、国家の政策にいたる。戦争とは、実に国家の所行であり、ベトナム民衆の煩悩が原因なのではない。かくして、「苦」の探求が社会や国家の仕組み・政策にいたったとき、その原因である社会や国家のあり方、政策を変えることこそが、仏教徒の使命ではないか、という自覚が生まれる。これこそがエンゲイジド・ブッディズムにほかならない。
 エンゲイジド・ブッディズムの訳語は未だ一定していない。「社会参加の仏教」とか「行動する仏教」、「闘う仏教」ともよばれている。私は、「社会をつくりかえる仏教」とか「社会をつくる仏教」とよんでいる。エンゲイジという言葉には、思想や言葉だけではなく行動によって社会変革に参加してゆくという意味がある。ハン師もそうした意味でこの言葉を用いている。

菩薩行の実践

 思えば、仏教は、とりわけ大乗仏教は、菩薩の精神を命とする。菩薩は「利他」に生きる。同朋の苦しみをわが苦しみとして、その解決のために命も惜しまぬ。慈・悲・喜・捨の四無量心こそが菩薩の命であろう。
 ベトナムの僧侶たちは、戦争の惨禍の最中、その菩薩の精神に目覚めたのである。一九六三年六月に生じた、ティック・クァン・デュック師の「焼身供養」はまさしくそうした菩薩道の極致とみなされた。一方で、ハン師たちは、戦火の中で、イデオロギー闘争から解放された、自由なパイロット村の建設に尽力し、仏教の教えに基づく村づくりを目指した。またハン師は単身アメリカへ渡り、即時停戦、和平を強力に主張した。ベトナムの目覚めた仏教徒たちは、個人的な瞑想にとどまることなく、人びとの苦しみの根源を取り除く実践活動に挺身したのである。
 利他を命とする菩薩道からいえば、あえてエンゲイジド・ブッディズムと名乗ることは、いささかの抵抗もあろう。菩薩道の実践で十分ではないか、と。だが、ハン師が従来の仏教の伝統とは一線を画する意味で、この名称を用いた理由を尋ねる必要がある。
 なぜならば、エンゲイジド・ブッディズムこそ、現代の仏教のあり方を端的に示しているからである。その理由は、国民国家という現代の政治的・社会的環境にある。近代以前は、国家や社会は所与であり、運命として甘受するしかないものであった。だが、近代の新しい国民国家では、社会や国家は、もはや運命ではなくなった。人びとは、人間らしい生き方を求めて、社会や国家の形成に参加できるようになったのである。つまり、エンゲイジド・ブッディズムとは、社会や国家を自らの意志で作り上げることが前提となっている現代であればこそ生まれた、仏教のすがたなのである。
 もとより、個人の無明・煩悩の断滅は仏教徒の永遠の課題である。わがことを棚に上げて、社会や国家ばかりをあげつらうのは仏教徒の生き方ではない。しかし、一方、社会や国家のあり方とはまったく没交渉に、「心」の安心だけを説くこともまた、仏教徒の所行とはいえない。社会や国家のあり方を無視した安心は、結局は、既存の社会や国家に対して無批判となり、社会や国家が仏教の教えに反するようになってもそれを黙認することになりがちである。戦前の、梵鐘が大砲に変わった悲しみを思うだけで十分であろう。
 エンゲイジド・ブッディズムは、ベトナムにとどまらず、同時代のスリランカやタイ、ビルマなど東南アジアの国ぐに、インドでも登場し、さらにアメリカの仏教徒たちの間に大きな影響を及ぼしている。

これからの仏教の姿

 先日、スリランカのエンゲイジド・ブッディズムの指導者、アリヤラトネ博士の講演を聴く機会をえた。博士は、「仏教とは、慈悲の教えであるが、それは、決して慈善事業を意味しない。現代の矛盾に満ちた世界の中で、仏教の教えに基づく代案を提示し、実践することだ」と主張されていた。仏教に基づく社会像や国家像を示してその実践に取り組むことこそ、現代の仏教徒の課題なのである。
 では、日本にはエンゲイジド・ブッディズムは存在しなかったのか。いや細ぼそとではあるがその萌芽は存在した。紙幅が尽きたのでふれないが、早すぎたエンゲイジド・ブッディストたち、内山愚堂や高木顕明、妹尾義郎の名前だけを挙げておこう。エンゲイジド・ブッディズムの理念を素通りして、これからの仏教は語れないであろう。

文・阿満 利麿(あま としまろ)


 

 今後『そうせい』では、阿満先生からのご提言「エンゲイジド・ブッディズムとは」を受けて、人びとの苦しみを我が苦しみとしてその解決に動く仏教者を紹介してまいります。今号は、東京都江戸川区にあります浄土宗寿光院の御住職・大河内秀人師を訪ね、お話を伺いました。




『社会と関わっていくこと』


―お忙しいなかありがとうございます。さて、お寺の施設で「小松川市民ファーム」(マンションの一室を改築して利用)という市民活動の拠点があるとお聞きしたのですが。

【大河内】 市民ファームというのはいろんな人が集える場所です。そうした場を地域に開放して、寿光院が外に開くということをしたかったんです。
 もう一つ、これから市民みんなが主役になって、自分たちで社会をつくっていくことをしたいと思ったんです。今までは行政にぶら下がっている社会、自分たちは主体的に変革をしていかない。そうじゃなくて、一人一人が主役になって、そしてその積み重ねで社会ができていくということを実践しています。

―なぜ自分たちで社会を作っていくのでしょうか?

【大河内】 社会にはたくさんの問題(苦)があるからです。その問題に対し、NGOや市民団体が取り組んでいく。かわいそうだから助けるということではなくて、そこの中からいろいろ見えてきたことを社会化していくということによって、社会は積み上げられていくんじゃないかというふうに思っています。

―お寺が取り組んでいく必要がありますか?

【大河内】 僕の仏教観として、お釈迦さまが悟りを開いたということについて、一言で言えば「宇宙の真理を悟って、そして縁起という世界の中での自分の役割というものに目覚めて、周囲の世界(宇宙)に対して、責任を持って前向きに生きていくこと」というふうに僕は思っているんです。現代に当てはめるなら、社会の中心に出ていくような生き方を本来お釈迦さまは説いたわけです。
 だから、ある意味市民活動というものは、お釈迦さまの教えにかなったものだと思います。それを形にしていく場所というか、そこを寺としてはサポートしていくというのが、現代の一種の仏教活動ではないかと思っているわけです。

―社会と積極的に関わっていくことが、現代のお寺のあり方ですね。

【大河内】 そうです。社会にある苦しみというものを、まずは共感をしてそれから解明していく。その苦しみの原因というものを見極めていく。そうした上で、ビジョンを持って取り組んでいく。ここで大事なのはビジョンがあるかということ。つまり問題解決を、対症療法ではなくて社会化していく。問題を抱えた人がいたら、それが救われるようなシステムというものを社会につくりたい。一つはそういうのをエンパワーメントしたい。
 もう一つは、宗教者としてもそうですが、市民活動に一緒に取り組むということは、本質的な社会の問題がよく見える。きちんとした思いと戦略を持って取り組んでいるグループと手を結ぶということは、寺としても非常に有益なんですよ。


―お話を聞いておりますと、お寺を中心としたコミュニティーの再構築を目指しているように聞こえますが。

【大河内】 寺を中心としたというよりも、寺がそこに入っていく。つまり、寺が今の人びとの苦しみであるとか、社会の問題に本当に真剣
にコミットしていくために、関わっていくことは大事だと思うんです。ですから、寺として檀家さんとか、それから地域の人たちの生活とか、未来とか、思いとかに応えていくために、本当の情報が必要なんです。

 

―社会と積極的に関わっていくことが、現代のお寺のあり方ですね。

【大河内】 そうです。社会にある苦しみというものを、まずは共感をしてそれから解明していく。その苦しみの原因というものを見極めていく。そうした上で、ビジョンを持って取り組んでいく。ここで大事なのはビジョンがあるかということ。つまり問題解決を、対症療法ではなくて社会化していく。問題を抱えた人がいたら、それが救われるようなシステムというものを社会につくりたい。一つはそういうのをエンパワーメントしたい。
 もう一つは、宗教者としてもそうですが、市民活動に一緒に取り組むということは、本質的な社会の問題がよく見える。きちんとした思いと戦略を持って取り組んでいるグループと手を結ぶということは、寺としても非常に有益なんですよ。

―お話を聞いておりますと、お寺を中心としたコミュニティーの再構築を目指しているように 聞こえますが。

【大河内】 寺を中心としたというよりも、寺がそこに入っていく。つまり、寺が今の人びとの苦しみであるとか、社会の問題に本当に真剣にコミットしていくために、関わっていくことは大事だと思うんです。ですから、寺として檀家さんとか、それから地域の人たちの生活とか、未来とか、思いとかに応えていくために、本当の情報が必要なんです。

―お寺のほうから外へ出てさまざまな問題に対処できる情報を蓄積することが必要だと。

【大河内】 僕自身が出ていって、いろいろ関わったり、もちろん全部ができるわけじゃないけれども、その情報を檀家さんに流す。今、こういう問題があるんですよとか、そういうことを檀家さんに流すことによって、檀家さんも例えば同じことで悩んでいる人もいるかもしれない。
 例えば、寿光院の土地を利用して、NPOと協働で高齢者の住宅を造ったんですけれども、一つの生き方の提案というのか、一人暮らしの不安なお年寄りが、こういう生活の仕方がありますよということを、提供することができますね。
 それは一つの例としてだけれども、そういう実践を積み上げてくると、いろんな他とのつながりもできるし、役所からの住宅手当がとか、こういうシステムがあるとか、それから介護保険だったらこういう使い方があるとかということも、そこで情報が蓄積されていきますから、それは檀家さんに対しても、地域の人に対しても答えることができる。別に僕が自分で答えられなかったとしても、この人のところに行きなさいとか、役所だったら、こういう窓口があるからここへ行ってみなさい。もしたらい回しになりそうだったら、すぐ連絡してくれと。そうしたら、次が…というようなことで対応できるということです。

―ご住職が市民活動と協働するに至った経緯をお聞かせ下さい。

【大河内】 僕自身は寺に生まれましたけれども、あまりいい思い出はないです。学生時代、別の寺に住んでいましたが、そこですったもんだして、周りの寺などから嫌がらせを受けたり、この世界が嫌になりました。でも、関係性のなかで結局大正大学へ編入するわけです。就職活動もしたんだけれども、企業への就職はちょっと違うという感覚はありました。同時に、僧侶っていったい何なんだと。この世界は何なんだという問題意識をずっと持っていたんです。

―僧侶としての方向性はどう開けていったのですか。

【大河内】 全青協(注)に入ったことが大きいですね。子どもの問題に限らず、社会にある問題とかかわっている人たちの中に本当の仏教があるというのをすごく感じました。

(注)財団法人 全国青少年教化協議会…伝統仏教教団六十余宗派で運営されている財団法人。
   青少年の健全育成を目的として国内外で活動を展開している。
   会長は浄土門主で、理事長は曹洞宗宗務総長。

 


あとは、大正大学に編入した年が一九八〇年で、インドシナ難民がたくさん出たので、衣を着て募金活動を始めました。そのころは、ただ何となく世間の大騒ぎの中で、仏教者としても何かしなければみたいな感覚でしかなかった。そのときに感じたのは、相手のこと、募金を受け取る支援先の人のことを想像する力が弱かったことです。あまりにもこちら本位の活動だったと思います。本当にその人たちにどこまで共感しているのかと。そうした部分で何となく釈然としない部分があったんです。その後、たまたまユニセフで、子どもの死亡率が高いブータンへの支援活動を支える仕事をやって、子どもの健康や命にかかわりました。そこで普遍的な意味の社会的弱者に対して、われわれはどう社会を支えていくのか、そういう人たちの命をどう守っていくのかということを考えました。医療の向上とか経済発展という方法ではなく、社会的弱者を守る仕組みを、社会やコミュニティーが作っていくという実践は、今の活動につながっていますね。

『苦集滅道に生きる』

―苦の原因を探求する場合「心」に焦点をあてることについてはどうお考えですか。

【大河内】 誤解を恐れずに言えば、お釈迦さまは心が本質的な問題だとは言っていないと思うんです。むしろ心というのは当てにならないと。 僕は、間違っているかもしれないけれども、感情や情緒に流されずに、非常に合理的な理性で四諦八正道を実践するのが仏教だと思うんです。よく愛という言葉を、仏教ではネガティブに使う。僕は当然だと思うんです。そういう気持ちは当然あってしかるべきだけれども、ただ、実質的な空間を共有したり、みんなが、それぞれが折り合っていくためには、感情よりも、お互いが信頼を持って生きる上での合理性というものを、理性的に、知的に追究していくのが仏教であって、もちろん血も涙もないという、そういうことではなくて、心を受け止めつつ、それに振り回されずに、自分たちのあるべきビジョンに向かって実践するというのが仏教だと僕は思うんです。
 もう一つ、縁起というのは、われわれは世界とか未来を変えてしまう可能性を持っているということだと思うんです。変える可能性とか責任を持っているということを、お釈迦さまは言っていると僕は思うんです。だから、問題があればそれをいいほうに変えていく。つまり、浄土宗的に言えば、西方十万億土という、差別のない、欠乏のない、幸せなみんなが救われる世界というものを、一つのビジョンとして見据えた中で、それに向けて、前向きに少しでも進める。自分が今いる世界から十万億土に対して、一歩でも一ミリでも、進めることが人間の使命なんだということが大切だと思います。僕はそれが仏教だと思うんです。